vijayのミスティカオイルのクラス・第3回今日で三回目のミスティカオイルを体験するクラスを終えて、家に帰って、映画「レッド・ドラゴン」を見た。
「羊たちの沈黙」と続編に比べてたいしたことないし、レクターも子供みたいな目をしていて、そんなに怖い人と思えなかったけど、そのキャパシティーの違いということでは、今作の犯人とも、やっぱり主人公の刑事よりも、勝っていた。
この映画では、レクターは異常者というより、単に器の大きいお茶目な人といった描き方だったように思う。登場人物の誰よりも、毎日を楽しんでいるように思うし、主人公の刑事をそんなに愚弄もしなかった。その分、やはり一作目は、もっと複雑な性格描写があって面白かったが。
心理学者の鈴木研二は、「人間の器とは、物事を受け入れる範囲の広さ。自分をも含む人間たち、生き物、無機物、できごとをどこまで許し、受け入れ、肯定できるかが、その人の器の大きさに反映する」と定義している。
以下、彼の本から抜粋すると、「人間の器には、許す→受け入れる→肯定する、気に入る、という深まりを示す感情的次元と、もう一つ、気づく→受け入れる→活用するという段階を踏む、認知、行動的次元」という二つのイメージがあり、これにのっとれば、「器が小さいということは、@ものごとに気づかない(ふりをする)鈍い。Aものやことを許せない。狭量。Bものごとを活用できない。レパートリーが狭い。Cものごとを気に入らない。無愛想。冷淡。」と、表現できる。さらに、器が小さいと、「表をとりつくろう偽善性、表と裏の曖昧性、裏の部分にある赤裸々な欲望、感情、特に性にまつわるそれ」らは、その小さな器には、納まりきれなかったりする、から、つまり「清濁併せ」飲めない。
そして、社会との軋轢も厭わない首尾一貫したアイデンティティーもその器には、納まりきれない、と言う。
そういう意味では、子供の頃に虐待されていた犯人や、刑事をやめてしまいたい主人公は、映画のなかで絶えずゆれているが、レクターは、誰に対しても、ふてぶてしい態度を崩さない。この人を捕まえて閉じ込めても、口輪をはめても、一貫して、それを試練と受け取ってなさそうだから、不気味なのだ。
さて、今日の夜は、試練とは何かについて、みんなで探求したと言える。
そして、「試練を克服する」のオイルは、一言で言えば、自分に優しくすることを、助けると思う。ハートの「優しい」質にアクセスするのを助けてくれるのだろう。
人間生きていれば、誰だって、失敗したり、間違えることがある。そんな時に、多くの人にとっては、内側に住んでいる母親が、厳しく、批判的なために、その出来事は、挑戦だと誤解され、緊張し、気品や気楽さが自分から失われ、身構えてしまう。障害だと思える出来事も、実は学ぶべきレッスンという生の贈り物かもしれないのだが、マインドが優しくなくて、養育的でない多くの人とっては、それは自分を罰する避けて通りたい嫌なものだ。つまり、そんなこと、受け入れられない。
クラスは、まずそれぞれが自分が陥りがちな自己否定のパターンについて、シェアーして、それが過酷な批判者「インナー・マザー」(内なる母)として、自分のマインドの傾向に存在している、という考え方を使って進めた。
そのインナーマザーに情け容赦なく責められることによって、多くの困難を生んでいることを、あるエクササイズで体感した。これは、ちょっとインパクトがあったようだ。みんな普段、自分が無意識でしている姿を目のあたりに見て、少しオロオロしていた。(内容については、企業秘密なのでここに賭けないのが残念。別に企業でも何でもないのだけれど、もしかして体験するときの邪魔になるから書きませんので、知りたい人はごめんなさい。)
自己批判の激しい人ほど、The Art of Feeling Bad のアーティストとして洗練されている。
その自分へのきびしいマインドに気づいた上で、もうそんなことやめよう、という理解と自分への愛が、その後の展開で、みんなのなかに生まれたと思う。
きびしいマインドを変えようとすると、セラピー的なアプローチが必要で、膨大な時間がかかるものだが、ミスティカオイルを使うことと、瞑想と、ちょっとしたテクニックで、終了間際に、いっきょに、ハートが開いた。
みんな、ハートの次元のなかの「保護的で、養育的で、優しく、滋養を与える」母性的な質に出会っていた。自分の失敗や間違いも、優しく受け入れて、すると、存在はどんなときもサポートしているということを思い出していた。どんなマインドを持っていても、それを脇において、ハートを思い出したらいい。そこでは、いつも、新たな喜びと幸せが待っている。
何十年ぶりに涙を流したという人が、二人ほどいた。やわらかくなり過ぎて、うろたえている人もいた。
心の器が大きくなって、レクターでも誰でも許せそうな、暖かい気持ちになった人もいるかもしれない。
少なくとも僕は、期待外れの映画を許せた。
心地悪いフィーリングのアート(The Art of Feeling Bad)・・・詳しくはvijayさんの日記へ
今晩は、今からミスィカオイルクラスの三回目。「試練を克服する」がテーマだから、ヒューマンリバーシティーのパンフレットに載っていた「心地悪いフィーリングのアート(The Art of Feeling Bad)」というのを資料として渡そうかな、と思案中。まずはここに掲載します。
1)失敗をする
2)それについて罪悪感を感じる
3)それについて話さない
4)それを埋め合わせるための手段を講じない
5)自分自身をひどく殴る
6)孤立し始める
7)できるだけ長くベッドの中にとどまり、そしてあなたが手に入れることのできなかったことについて夢を見続ける
8)自分が欲しいものを手に入れられなかったことについてあなた自身をひどく打ち据える
9)無価値感を感じる
10)あなたのイメージを維持し、偽物を演じる
11)あなたの周りの全ての人に不信の念を持ち始める
12)あなたがそれを十分に長く続けた時、あなたの境遇を台無しにする時がやってくる
a.失敗し始め、そしてそれらを否定する
b.約束(アポイントメント)を忘れる
c.あなたの上役を徐々に痛めつける
d.自分一人で全てをしようとし、そして人々がその方法であなたについてくるようにさせる。彼らがあなたを助けたい時に、あなた達の知ったことではないと言う
13)誰かが調子はどうですかと尋ねた時、気分を害されたように振る舞い、嘘を言う
14)人々があなたを信用しなくなった時、攻撃されたと感じ、そして私には罪がないというように振る舞う。分からない振りをして、そして彼らに不満を表し、突然出ていく
15)誰かが聞きたくない時に、文句を言い始め、拒絶されたと感じる
16)人々にセラピーを施し始める:全ての人に彼らの何が悪いのか指摘する
17)人々があなたを好きではないかもしれないと偏執病的になる。あなたに起こる全ての悪いことは彼らが故意に企てたのだと感じる
18)それはあなたの責任ではないと感じる
19)それを変えることは何一つとしてできないことに気づく
20)そのことによって、失敗者のように感じる
21)あなたは独りぼっちだということを感じる
もしこのポイントで、あなたが自分自身を笑うことができたら、あなたはすでに正しい道の上にいます・・・
以上ヒューマンリバーシティーのパンフより
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